薬剤師の脳みそ

調剤(保険)薬局の薬剤師が日々の仕事の中で得た知識や新薬についての勉強、問題を解決する際に脳内で考えていることについてまとめるblogです。できるだけ実用的に、わかりやすく、実際の仕事に活用できるような情報になるよう心がけていきます。基本的に薬剤師または医療従事者の方を対象としています。

このブログは薬局で働く薬剤師を中心とした医療従事者の方を対象に作成しています。一般の方が閲覧した際に誤解を招くことのないように配慮しているつもりですが、医療従事者の方へ伝えることを最優先としています。何卒、ご理解ください。   

【ARNI】エンレスト錠【サクビトリルバルサルタン】

薬や業界に関する知識を身に付けたい方へ
このブログをご覧になっている方の多くは薬や医薬業界に興味を持っていたり、その知識を身につける必要がある方々だと思います。
ぺんぎん薬剤師はそんな方にはまずm3.comの講読をお勧めしています。
登録している人は多いと思いますが、まだ登録していない方はこちらから無料で登録できるので是非この機会に登録してください。
このページの最後にでm3.comを活用した勉強法についてのコラムをまとめています。勉強法で悩んでいる方は是非読んでみてください。(クリックで移動します)

スポンサーリンク

(ここからが記事本文になります)

2020年6月29日に承認された慢性心不全治療薬 エンレスト錠についてまとめた記事です。
エンレストはすでにアメリカとEUを初めとする世界100ヵ国以上で承認されており、ESCガイドライン2016では標準治療に組み込まれている薬剤です。
慢性心不全の生命予後でエナラプリルを上回った初めての薬剤として国内での承認が期待されていました。
新規作用機序のNEPIに加え、ARBも併せ持つ複雑な作用機序に加え、それに伴う注意事項も多い薬剤です。
かなり長い記事になりますが、徹底的に解説したいと思います。
(薬価収載前、RMP公開前なので作成中の記事です)
  
  
f:id:pkoudai:20200721000012p:plain

  
  

エンレストについて

まずは簡単にエンレストについてまとめます。
  

エンレストってどんな薬?

エンレストはサクビトリルバルサルタンを有効成分とする慢性心不全治療薬です。
速やかにサクビトリル(ネプリライシン阻害薬)とバルサルタン(ARB)に分離してそれぞれの作用を発揮します。
サクビトリルがナトリウム利尿ペプチド(ANP、BNPなど)の効果を高め、バルサルタンがRAASを抑制することで、「全身血管抵抗の低下、心筋線維化・心室肥大の抑制、ナトリウム排泄・利尿の促進」による心保護作用が期待されます。
海外では多くの国で承認され、ガイドラインでも標準治療とされている薬剤です。
エナラプリルを上回る統計学的な差を持ってHFrEF患者の生命予後を改善した初めての薬剤です。
  
ただし、様々な面で注意が必要な薬もであります。
まず、第一選択ではなく、ACE-I(もしくはARB)からの切り替えで使用開始すること。
ACE-Iとの併用は禁忌で切り替え時には36時間以上間隔を開けること。
投与初期は低用量から開始し、常用量まで漸増を行うこと。
肝機能障害により血中濃度が上昇するので高度肝機能障害は禁忌、中等度以下でも注意が必要です。
高カリウム血症、腎機能、血圧、脱水、血管浮腫など注意すべき副作用も多くなっています。
  
詳細について、この記事で解説していきます。
  

エンレストの基本情報

基本情報をまとめます。

医薬品名 エンレスト錠50mg
エンレスト錠100mg
エンレスト錠200mg
開発コード LCZ696
成分名 サクビトリルバルサルタンナトリウム水和物
英語名 Entresto(Sacubitril Valsartan Sodium Hydrate )
製造販売元 ノバルティスファーマ株式会社
提携 大塚製薬株式会社
命名の由来 Entrust(信頼できる薬剤)に由来
効能・効果 慢性心不全
ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。
用法・用量 通常、成人にはサクビトリルバルサルタンとして1回50mgを開始用量として1日2回経口投与する。
忍容性が認められる場合は、2~4週間の間隔で段階的に1回200mgまで増量する。
1回投与量は50mg、100mg又は200mgとし、いずれの投与量においても1日2回経口投与する。なお、忍容性に応じて適宜減量する。
指定等 なし
審議 2020年5月21日付で議決の薬食審第一部会
(新型コロナウイルスの影響で電子メールによる持ち回り審議)
承認日 2020年6月29日
薬価収載日
収載時薬価
薬価未収載
エンレスト錠50mg:未定
エンレスト錠100mg:未定
エンレスト錠200mg:未定
薬価算定方式 未定
販売開始 未定
新医薬品の
投与日数制限
未定

ARNI(アーニィ)と呼ばれる新しいタイプの慢性心不全治療薬になります。

名前にバルサルタンが含まれているけど、あのバルサルタンなの?

NEP阻害薬という新規作用機序を持つサクビトリルとARBバルサルタンを1:1のモル比で単一の結晶複合体とした薬剤らしいよ。

  

慢性心不全とエンレストの作用機序

この項では慢性心不全についての基礎知識とエンレストの作用機序について紹介します。
  

心不全の定義

エンレストの作用機序の説明に入る前に、その適応疾患である心不全について復習しておきたいと思います。
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)では、心不全は以下のように定義されています。

心不全の定義
なんらかの心臓機能障害,すなわち,心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果,呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し,それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群.

急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
原因は様々ですが、心臓の機能が低下した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫を引きこ起こす病態です。
  
心不全では左室の機能障害が影響していることが多く、左室機能がどの程度低下しているかによって治療や評価が変わります。
そのため国内外のガイドラインでは左室駆出率(LVEF*1)による心不全の分類が行われています。

呼称 定義 LVEF 説明
HFrEF*2(ヘフレフ) LVEFの低下した心不全 40%未満 収縮不全が主体
標準的治療下でのLVEF低下例
半数以上の症例で左室拡大
HFpEF*3(ヘフペフ) LVEFの保たれた心不全 50%以上 拡張不全が主体
診断には他疾患の除外が必要
有効な治療が未確立
HFmEF*4 LVEFが軽度低下した心不全 40%以上50%未満 境界型心不全
特徴や予後は研究が不十分
治療選択は個々の病態に応じて判断
HFpEF improved*5 LVEFが改善した心不全 40%以上 LVEF40%未満だったが治療により改善した心不全
HFrEFとは予後が異なる可能性が示唆されている

参考:LVEFの算出

心エコー検査・心プールシンチグラフィ・左室造影・MRI・CT・などで測定した値を元に以下の計算式で算出されます。
LVEF = (拡張末期容積 - 収縮末期容積) ÷ 拡張末期容積 × 100 = 1回心拍出量 ÷ 拡張末期容積 × 100

音にすると紛らわしい名称だよね。勉強会でスライド見えれない位置で聞いてたらHFrEFだかHFpEFだかわかんなかったよ・・・。


早口言葉みたいだな・・・。

  

心不全のステージ分類と心機能分類

心不全の進行度の目安として、米国心臓学会(ACCF*6)/米国心臓協会(AHA*7)のステージ分類が用いられています。
心不全
ステージ
分類
心不全リスク 症候性心不全
A
器質的心疾患のない
リスクステージ
B
器質的心疾患のある
リスクステージ
C
心不全ステージ
D
治療抵抗性
心不全ステージ
NYHA
心機能分類
-
-
Ⅰ〜Ⅳ
Ⅲ〜Ⅳ
危険因子
あり
-
-
-
器質的心疾患
なし
あり
あり
あり
心不全症候
なし
なし
あり
(既往も含む)
あり
治療抵抗性
-
-
なし
あり
(難治性・末期)心不全
治療目標
危険因子のコントロール
器質的心疾患の発症予防
器質的心疾患の進展予防
心不全の発症予防
症状コントロール、QOL改善、
入院予防・死亡回避、緩和ケア、
再入院予防、終末期ケア

  • ステージA:高血圧、糖尿病、動脈硬化等の心臓病危険因子はあるが心臓病を発症していない状態
  • ステージB:リスク因子のコントロールが不十分なまま心臓病を発症
  • ステージC:心不全発症
  • ステージD:重症化が進んで標準的治療では効果がなくなった状態、末期心不全

  
NYHA*8(ニューヨーク心臓協会)が作成したNYHA心機能分類は身体活動時の自覚症状により心疾患の重症度を分類したものです。 

NYHA分類
クラス 症状
Ⅰ度 心疾患はあるが、身体活動に制約はない。
日常生活では疲労感、動悸、呼吸困難、狭心痛を認めない。
Ⅱ度 身体活動に軽度の制約があるが、安静時には無症状。
日常生活で疲労感、動悸、呼吸困難、狭心痛を認める。
Ⅲ度 身体活動に高度の制約があるが、安静時には無症状。
日常生活以下の軽度の労作で疲労感、動悸、呼吸困難、狭心痛を認める。
Ⅳ度 いかなる身体活動も制限される。
安静時にも心不全症状や狭心痛を認め、わずかな労作で症状が悪化する状態。
NYHA心機能分類が進行すれば進行するほど、1年以内の死亡率は増加し、NYHAⅡであっても1年以内死亡率は約1割という疫学調査の結果もあります。(Muntwyler J,et al.:Eu Heart J.23(23),1861-1866,2002)
  

心不全の治療

心不全の治療目標はステージ分類の進行を抑制することです。
ステージ分類の中でステージAとステージBは心不全発症前のリスクステージに該当しますが、その段階から治療を開始し、心不全の発症を予防することが大切です。
慢性心不全患者の多くはステージCですが、この段階では慢性心不全治療と急性憎悪時における急性心不全の治療の両方を行う必要があります。
慢性心不全の治療

  • 長期予後の改善
    • ACE阻害薬(ARB)
    • β遮断薬
    • MRA
  • 自覚症状の改善
    • 利尿薬
    • ジギタリス製剤
    • 血管拡張薬

HFrEFについては上記の治療薬によるエビデンスがあるのですが、HFpEFやHFmrEFについてはエビデンスが十分ではないので個々の病態に基づいて治療薬を選択する必要があります。
  

エンレストの作用機序

エンレストの成分サクビトリルバルサルタンはサクビトリルとバルサルタンを1:1のmol比で単一の結晶複合体とした薬剤です。
投与後速やかにサクビトリルとバルサルタンに分離してそれぞれが効果を発揮します。
f:id:pkoudai:20200726175259p:plain
バルサルタンはアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB*9)、サクビトリルはネプリライシン阻害薬(NEPI*10)と呼ばれており、その2つを併せ持つサクビトリルバルサルタンはアンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI*11)と呼ばれています。
  

サクビトリルの作用機序

サクビトリルはネプリライシンの働きを阻害することからネプリライシン阻害薬と呼ばれていますが、サクビトリル自体はプロドラッグなのでそのままでは効果を発揮できません。
サクビトリルは吸収後に体内のエステラーゼにより活性体のsacubitrilat(LBQ657)に変換されて効果を発揮します。
ネプリライシンは活性中心に亜鉛を持つメタロペプチダーゼで、様々なペプチドを分解する酵素です。
(至適pHが中性のエンドペプチダーゼなので中性エンドペプチダーゼとも呼ばれています)
ネプリライシンの基質となるペプチドは心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP*12脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP*13、アンジオテンシンⅠ、アンジオテンシンⅡ、ブラジキニン、サブスタンスP、アミロイドβ、酸化型インスリンβ鎖など多岐に渡ります。
  
ナトリウム利尿ペプチドの分解抑制
エンレストの心不全に対する効果において重要となるサクビトリルの働きはネプリライシン阻害作用によるANP/BNPの分解抑制です。
  
まず、ANPとBNPの特徴を簡単にまとめます。
ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)


主として心房で合成・貯蔵され、生体の体液バランスならびに血圧調整に関与するホルモンです。
代表的な作用

  • 利尿(Na排泄)作用
  • 血管拡張作用
  • レニン・アルドステロンの分泌抑制
  • 循環血漿量減少 など

心房負荷や循環血漿量の増加によりANPの分泌が高まるため、心不全や腎不全の重症度を判定する検査に用いられます。

BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)


最初は脳で発見されたためこの名称ですが、主として心室で合成されるホルモンです。
代表的な作用

  • 利尿(Na排泄)作用
  • 血管拡張作用
  • 交感神経系の抑制
  • レニン・アンジオテンシン系(RAS*14)の抑制

BNPは心室に負荷がかかると分泌されるため、心室機能、心不全の重症度を判定する検査に用いられます。
BNPはANPと比較して変化率が大きいため心機能の検査の指標として広く使用されています。
また、BNPの代わりに血清で検査可能なNT-proBNP(N末端プロBNP)を測定することもあります。
(心不全の診断の基準値はBNP:100pg/mL以上、(NT-proBNP:400pg/mL以上)

  
サクビトリルはネプリライシンを阻害することでナトリウム利尿ペプチド(ANP、BNP)の分解を抑制し、その働きを高めます。
血液中のANPとBNPは心血管系や腎臓に発現しているNPR-A*15受容体に結合します。
NPR-Aは膜結合型グアニル酸シクラーゼと共役しており、ANP/BNPがNPR-A受容体に結合することで膜結合型グアニル酸シクラーゼが活性化、cGMPが増加することで血管拡張作用、利尿作用が引き起こされます。
f:id:pkoudai:20200731132732p:plain
  
ANPとBNPはホルモン分泌を抑制する作用を有しており、レニンやアルドステロンの分泌・活性の抑制、ADHや副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌抑制作用などが知られています。
また、交感神経系の抑制作用も有しています。
さらに、血管内皮細胞や血管平滑筋細胞、心線維芽細胞、腎間質細胞(腎メサンギウム細胞)の増殖を抑制する作用も有しいます。
これら様々な働きの結果、全身血管抵抗の低下、心筋の線維化や心室肥大の抑制、利尿(ナトリウム排泄)の促進などの効果を発揮します。
f:id:pkoudai:20200726175336p:plain
  

バルサルタンの作用機序

バルサルタンは選択的AT1受容体阻害薬(ARB)です。
アンジオテンシンⅡがAT1受容体に結合するのを競合的に阻害することでRAASを抑制します。
f:id:pkoudai:20200726175322p:plain
その結果、全身血管抵抗の低下、心筋の線維化や心室肥大の抑制、利尿(ナトリウム排泄)の促進などの効果を発揮します。
  
ネプリライシン阻害薬はANP・BNPの分解を抑制すると同時にアンジオテンシンⅡの分解も抑制してしまいます。
アンジオテンシンⅡはRAAS系を活性化させ、ネプリライシン阻害薬の効果を打ち消してしまいます。
そこでエンレストは、ネプリライシン阻害薬 サクビトリルにARB バルサルタンを併用してRA系を抑制することで、サクビトリルの効果を十分に発揮させ、さらに効果を高めるることができるようにデザインされています。
   

ARNI

ARBであるバルサルタン、ネプリライシン阻害薬であるサクビトリルの作用を併せ持つのがアンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI)です。
f:id:pkoudai:20200726175249p:plain
サクビトリルにバルサルタンが加わえることによりネプラマイシン阻害薬は心筋に対して十分な効果を発揮できるようになります。

  • サクビトリル:ネプリライシン阻害作用によりANP・BNPの作用増強
  • バルサルタン:ネプリライシンによるアンジオテンシンⅡ増加作用に伴うRAASの活性化を抑制

全身血管抵抗の低下、心筋線維化・心室肥大の抑制、ナトリウム排泄・利尿の促進により心筋リモデリングを抑制して心保護作用を発揮心不全の進行を抑制します。

なんでバルサルタン?って思ったけど、ARBが加わることでNEPI(サクビトリル)の欠点を補ってるんだね!

ARBはサクビトリルによるRAASの活性化を抑制すると同時にRAAS阻害薬としても心筋保護に貢献してるね。

  
サクビトリル以外のNEP阻害薬
NEP阻害薬開発の歴史がMedical Tribuneの記事に記載されており、とても興味深いので引用させていただきます。

1993年には、ANP分解酵素阻害薬カンドキサトリルが血圧を低下させ、ANP濃度を増加させることが報告された(J Hypertens 1993; 11: 407-416)が、アンジオテンシンIIが上昇することが問題視された。この点を改善するために開発されたNEPとアンジオテンシン変換酵素両者を阻害するバソペプチダーゼ阻害薬オマパトリラートは、リシノプリルと比べて死亡もしくは心不全を減少させたものの(Lancet 2000; 356: 615-620)、エナラプリル群と比べて血管浮腫が多く発現し(Am J Hypertens 2004; 17:103-111)、治験の中止を余儀なくされた。

次世代の降圧薬①ARNi 心不全治療薬として開発進む新規クラスの降圧薬(Medical Tribune)
サクビトリルとACE-Iの併用だと血管浮腫が多くなってしまうためARBのバルサルタンを選択したようですね。
  
  

エンレストのDI

ここからはの添付文書、インタビューフォーム、RMP(公開前なので今後更新予定)、審査結果報告書から得ることのできる情報についてまとめていきたいと思います。
  

禁忌

まずは禁忌についてです。
  

2. 禁忌(次の患者には投与しないこと)

  • 2.1 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
  • 2.2 アンジオテンシン変換酵素阻害薬(アラセプリル、イミダプリル塩酸塩、エナラプリルマレイン酸塩、カプトプリル、キナプリル塩酸塩、シラザプリル水和物、テモカプリル塩酸塩、デラプリル塩酸塩、トランドラプリル、ベナゼプリル塩酸塩、ペリンドプリルエルブミン、リシノプリル水和物)を投与中の患者、あるいは投与中止から36時間以内の患者
  • 2.3 血管浮腫の既往歴のある患者(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬又はアンジオテンシン変換酵素阻害薬による血管浮腫、遺伝性血管性浮腫、後天性血管浮腫、特発性血管浮腫等)
  • 2.4 アリスキレンフマル酸塩を投与中の糖尿病患者
  • 2.5 重度の肝機能障害(Child-Pugh分類C)のある患者
  • 2.6 妊婦又は妊娠している可能性のある女性

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

  

ACE阻害薬は併用禁忌、切替にも注意

一番特徴的な禁忌がアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬、ACE-I*16)との併用禁忌です。(「アンジオテンシン変換酵素阻害薬を投与中の患者、あるいは投与中止から36時間以内の患者」)
このことは併用禁忌の項に少し詳しく記載されています。

10. 相互作用
10.1 併用禁忌(併用しないこと)

  • ACE阻害薬
    • 血管浮腫があらわれるおそれがある。これらの薬剤が投与されている場合は、少なくとも本剤投与開始36時間前に中止すること。また、本剤投与終了後にこれらの薬剤を投与する場合は、本剤の最終投与から36時間後までは投与しないこと。
    • 併用により相加的にブラジキニンの分解を抑制し、血管浮腫のリスクを増加させる可能性がある。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
作用機序の部分に記載しましたがネプリライシンNa利尿ペプチドだけでなく様々なペプチドの分解に関わっており、その中にブラジキニンも含まれます。
ACE阻害薬とサクビトリルを併用することで相加的にブラジキニンの分解が抑制され、血管浮腫のリスクを増加させてしまうため禁忌ということです。
血管浮腫のリスク抑制という意味では「血管浮腫の既往歴のある患者血管浮腫の既往歴のある患者」も同じ理由の禁忌と言えます。

ACE阻害薬一覧

  • アラセプリル:セタプリル
  • イミダプリル塩酸塩:タナトリル
  • エナラプリルマレイン酸塩:レニベース
  • カプトプリル:カプトリル
  • キナプリル塩酸塩:コナン
  • シラザプリル水和物:インヒベース
  • テモカプリル塩酸塩:エースコール
  • デラプリル塩酸塩:アデカット
  • トランドラプリル:オドリック
  • ベナゼプリル塩酸塩:チバセン
  • ペリンドプリルエルブミン:コバシル
  • リシノプリル水和物:ゼストリル、ロンゲス

重要な基本的注意にも記載されています。

8. 重要な基本的注意
8.1 血管浮腫があらわれるおそれがあるため、本剤投与前にアンジオテンシン変換酵素阻害薬が投与されている場合は、少なくとも本剤投与開始36時間前に中止すること。また、本剤投与終了後にアンジオテンシン変換酵素阻害薬を投与する場合は、本剤の最終投与から36時間後までは投与しないこと。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
ACE阻害薬を投与中止して36時間すればエンレストを開始可能です。
36時間とは言っても実際には48時間空けるのかなと思いましたが、エンレストは1日2回投与なので、朝服用のACE阻害薬を中止して1.5日後の夜から開始っていうケースもあるのかもしれませんね。
少なくとも36時間だし、12時間を急ぐ薬でもないと思うので、個人的には2日間空ければいいんじゃないかと思いますが・・・。

ACE阻害薬ってこんなにいっぱいあるんだ!!触ったことない薬もある・・・。

同じクラスの薬剤がこれだけ発売されるなんて今では考えられないよね・・・。ACE阻害薬の偉大さと当時の医療業界が見えてくるね。

  

血管浮腫の既往歴

血管浮腫

  • 別名:血管性浮腫、血管神経性浮、クインケ浮腫
  • 種類:
  • 突発性の部分的な浮腫

血管浮腫(血管性浮腫、血管神経性浮、クインケ浮腫)は突発性の部分的な浮腫で、原因により分類されています。
血管浮腫の分類

  • アレルギー性血管浮腫
  • 遺伝性血管浮腫(HAE*17) ※
  • 後天性血管浮腫(AAE*18) ※
  • ARB・ACE阻害薬による薬剤性血管浮腫 ※
  • 物理的刺激による血管浮腫
  • 好酸球性血管浮腫
  • 特発性血管浮腫 ※

※エンレストの禁忌に記載

血管浮腫は真皮深層、皮下組織深部での血管拡張や血管透過性亢進による血漿成分の漏出に起因する局所的な浮腫です。
エンレストはその作用機序からブラジキニンの分解を抑制し、血管浮腫を引き起こす可能性があるため、血管浮腫の既往がある場合は禁忌になっています。
血管浮腫は重大な副作用にも記載されています。
  

アリスキレンフマル酸塩を投与中の糖尿病患者

「アリスキレンフマル酸塩を投与中の糖尿病患者」はバルサルタンに起因する併用禁忌です。

10. 相互作用
10.1 併用禁忌(併用しないこと)

  • アリスキレンフマル酸塩(糖尿病患者に投与する場合)
    • 非致死性脳卒中、腎機能障害、高カリウム血症及び低血圧のリスク増加がバルサルタンで報告されている。
    • 併用によりレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系阻害作用が増強される可能性がある。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

非致死性脳卒中、腎機能障害、高カリウム血症、低血圧のリスク増加が報告されています。
上記のリスク低下を期待して行ったALTITUDE試験の中間報告でリスク増加が明らかになり、試験自体が中止、ラジレス(成分:アリスキレン)の添付文書が改訂になりました。(Parving, H. et al,.N Engl J Med.2012; 367: 2204-2213.)

糖尿病患者に対してラジレスとARB/ACE阻害薬の併用が禁忌になって大騒ぎしたのは2012年。もうそんなに経ったのか・・・。

  

重度の肝機能障害(Child-Pugh分類C)のある患者

重度の肝機能障害は禁忌になっており、特定の背景を有する患者に関する注意にも記載されています。

9. 特定の背景を有する患者に関する注意
9.3 肝機能障害患者

  • 9.3.1 中等度の肝機能障害(Child-Pugh分類B)のある患者
    本剤投与の可否を慎重に判断し、投与する場合には血圧、血清カリウム値及び腎機能等の患者の状態を十分に観察しながら投与すること。本剤の血中濃度が上昇するおそれがある。
  • 9.3.2 重度の肝機能障害(Child-Pugh分類C)のある患者
    投与しないこと。重度の肝機能障害のある患者では本剤の血中濃度が上昇するおそれがあり、臨床試験では除外されている。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
中等度の肝機能障害患者(Child-Pugh分類B)では、AUCが健康被験者と比較してサクビトリルで約3.4倍、sacubitrilatで約1.9倍、バルサルタンで約2.1倍になっています。
後(用法・用量に関する部分)で詳しく書きますが、エンレスト錠を開始する際は漸増投与を行う必要があります。
中等度の肝機能障害(Child-Pugh分類B)がある場合は増量の際に注意を行う必要があります。

7. 用法及び用量に関連する注意

  • 7.1 次の患者では、患者の状態を注意深く観察し、増量の可否を慎重に判断すること。
    • 中等度の肝機能障害(Child-Pugh分類B)のある患者

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
  
Child-Pugh(チャイルド・ピュー)分類について
Child-Pugh(チャイルド・ピュー)分類とは肝臓の障害度を表す分類です。
点数表を元にグレードの分類が行われます。
Child-Pugh(チャイルド・ピュー)分類
グレード 点数 肝障害の状態
Grade A(軽度) 5〜6点 代償性肝硬変
肝臓の機能が保たれた状態
Grade B(中等度) 7〜9点 代償性肝硬変から非代償性肝硬変への過渡期
軽度の合併症が見られる
Grade C(重度) 10〜15点 非代償性肝硬変
肝臓の機能が維持できなくなり様々な合併症があらわれる
以下の表の点数を元に分類を行います。
Child-Pugh(チャイルド・ピュー)分類の点数表
項目 1点 2点 3点
脳症 ない 軽度(Ⅰ、Ⅱ) 時々昏睡(Ⅲ〜)
腹水 ない 少量(1〜3L) 中等量(3L〜)
血清ビリルビン値(mg/dL) 2.0未満 2.0〜3.0 3.0超
血清アルブミン値(g/dL) 3.5超 2.8〜3.5 2.8未満
プロトロンビン活性値(%) 70超 40〜70 40未満
  

適応については注意が必要

エンレストは慢性心不全に対する適応のみを取得しています。

4. 効能又は効果
慢性心不全
ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。
5. 効能又は効果に関連する注意

  • 5.1 本剤は、アンジオテンシン変換酵素阻害薬又はアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬から切り替えて投与すること
  • 5.2 「臨床成績」の項の内容を熟知し、臨床試験に組み入れられた患者の背景(前治療、左室駆出率、収縮期血圧等)を十分に理解した上で、適応患者を選択すること

    エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

「ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る」「アンジオテンシン変換酵素阻害薬又はアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬から切り替えて投与する」と記載されているように、ARBかACE阻害薬による投与を行なってからの切り替えでのみ使用される薬剤になります。
ACE阻害薬中止後36時間は禁忌なのにACE阻害薬(もしくはARB)からの切り替えでしか使えないというのは少し厄介な気もしますが、慢性心不全であればACE阻害薬(もしくはARB)を服用しているのがほとんどだと思うので当然と言えば当然ですかね。

現時点ではエンレストは第一選択薬としては使用できません。

  

必ずARBかACE阻害薬から切り替える

審査結果報告書にこの理由が詳しく記載されています。

7.R.5 本薬の投与対象及び効能・効果について

  • 下記の点を踏まえると、本薬投与時の低血圧等の発現リスクは、既承認薬であるエナラプリルより高く、またACE阻害薬又はARBの前治療のある患者よりも前治療のない患者で高くなる可能性があること
    1. PARADIGM-HF試験及びPARALLEL-HF試験は、予めACE阻害薬又はARBに対する一定の忍容性が確認された被験者が対象とされたにもかかわらず、特にPARALLEL-HF試験において、本薬群でエナラプリル群と比較して低血圧の発現割合が高かった
    2. 低血圧に関連する有害事象の発現割合は、ACE阻害薬又はARB低用量の部分集団で高用量の部分集団と比較して高い傾向がみられた
  • 本薬の低用量である50mgBIDであっても、バルサルタンの曝露量(AUC0-24h)は高血圧症の効能・効果で既承認のバルサルタン錠40mg/日投与時を上回ると想定され、さらにサクビトリルの利尿作用等が加わることにより、低血圧等の発現リスクの増大が否定できないこと
  • 上記2点の懸念があるにもかかわらず、ACE阻害薬又はARBの前治療のない日本人慢性心不全患者における本薬の安全性を確認した臨床試験成績が得られていないこと
  • PARADIGM-HF試験及びPARALLEL-HF試験の有害事象発現状況の比較から、低血圧の発現リスクについては国内外差が示唆されていることから、申請者が提示した海外臨床試験(PIONEER-HF試験やTRANSITION試験)の成績に基づきACE阻害薬又はARBの前治療のない外国人患者と同様の安全性が日本人患者でも期待されるとは判断できないこと
  • PARALLEL-HF試験の結果からは、日本人HFrEF患者においては、本薬の有効性がエナラプリルに比べて明らかに優れているとは判断できず、本薬を目標用量まで安全に増量して有効性を得るために必要と考えられるACE阻害薬又はARBの前投与を省略して本薬を投与することの意義は明確とは言い難いこと

エンレスト錠 審査結果報告書
この点については欧州心臓病学会のconsensus paper(Eur J Heart Fail 2019; 21: 1169-86)において、「新規発症及び非代償性慢性心不全による入院患者の初期治療は、ACE阻害薬又はARBでなくサクビトリルバルサルタンの開始が考慮されるかもしれない」 と提言されているため、将来的に第一選択薬として使用可能になるのかもしれませんね。
  

効能・効果に関する臨床試験

次に「臨床試験に組み入れられた患者の背景(前治療、左室駆出率、収縮期血圧等)を十分に理解した上で、適応患者を選択する」の部分です。
エンレストの効果を検証した第Ⅲ相試験は3つです。

  1. 海外第Ⅲ相試験(PARADIGM-HF試験)
  2. 国内第Ⅲ相試験(PARALLEL-HF試験)
  3. 国際共同第Ⅲ相試験(PARAGON-HF試験)

  

PARADIGM-HF:エナラプリルに対する優越性(NYHA Ⅱ〜Ⅳ/HFrEF)
HFrEF患者に対するエンレストとエナラプリルの効果(心血管死、心不全入院)を比較した国際共同第3相臨床試験です。
PARADIGM-HFの試験デザイン

  • エンドポイント(複合):心血管死、心不全による入院の初回発現
  • 対象:8,442例(日本人は含まれない)
    • 18歳以上
    • NYHA心機能分類Ⅱ〜Ⅳ度
    • 外来HFrEF患者
  • 方法:多施設共同ランダム化二重盲検並行群間実薬対照比較試験
    スクリーニング期(1週間)+単盲検実薬投与観察期(5〜10週間)+二重盲検治療期
    ARB/ACE阻害薬は中止(他の心不全治療薬は継続)
    • 単盲検実薬投与観察期:エナラプリル(10mg 1日2回)2週間→エンレスト(100mg 1日2回)1〜2週間→エンレスト(200mg 1日2回)2〜4週間
    • 二重盲検治療期:エンレスト(200mg 1日2回)とエナラプリル(10mg 1日2回)のいずれかに1:1の比でランダム化

中間解析の段階でエンレストの有効性が示されたため、早期に試験終了となりました。
HFrEF患者において、エンレストはエナラプリルと比較して死亡および心不全による初回入院のリスクを有意に低減(20%)しました。
(McMurray JJ,et al.:N Engl J Med.371(11),993-1004,2014)

生命予後でエナラプリルに有意差をつけることができたのはエンレストが初めてなんだ!

新規作用機序のサクビトリルにバルサルタンを加えてようやく超えることができたんだから、改めてエナラプリルってすごいなと実感したよ。

  
PARALLEL-HF:PARADIGM-HFの日本人での検証
PARADIGM-HFで検証できなかった日本人のHFrEF患者に対するエンレストとエナラプリルの効果(心血管死、心不全入院)を比較した国内第3相臨床試験です。
PARADIGM-HFの試験デザイン

  • エンドポイント(複合):心血管死、心不全による入院の初回発現
  • 対象:448例(日本人は含まれない)
    • 20歳以上の日本人
    • NYHA心機能分類Ⅱ〜Ⅳ度
    • 外来HFrEF患者
  • 方法:多施設共同ランダム化二重盲検並行群間実薬対照比較試験
    スクリーニング期(1〜2週間)+単盲検実薬投与観察期(2週間)+二重盲検治療期
    ARB/ACE阻害薬は中止(他の心不全治療薬は継続)
    • 単盲検実薬投与観察期:エンレスト(50mg 1日2回)2週間
    • 二重盲検治療期:エンレストとエナラプリルのいずれかに1:1の比でランダム化
      エンレスト(100mg 1日2回)とエナラプリル(5mg 1日2回)4週間→エンレスト(200mg 1日2回)とエナラプリル(10mg 1日2回)

日本人HFrEF患者において、サクビトリル・バルサルタンはエナラプリルを投与した対照群に比べて有意差を示すことはできなかったが、有効性は同様な患者を対象に国際共同第3相試験として行われたPARADIGM-HF試験(関連記事)とほぼ一貫しており、忍容性も良好でした。

え?日本人では有意差出てないの・・・?

  
有意差を示すことができなかったのに承認?
日本人を対象としたPARALLEL-HF試験では「主要評価項目のエナラプリル群に対する本薬群のハザード比1未満」を満たすことができませんでした。
それでも承認に至った理由が審査結果報告書に記載されています。

7.R.2.3 日本人における本薬の有効性について
しかしながら、以下に挙げた点を考慮すると、日本人においても本薬により慢性心不全に対する一定 の有効性が期待できるものと判断する。

  • 対照薬であるエナラプリルの用量が本邦の承認用量を上回る用量とされたため、PARALLEL-HF試験の成績に基づき、日本人慢性心不全患者における本薬と既存治療薬の相対的な位置関係を考察することには限界があるものの、対照薬の有効性については承認用法・用量と比較して劣る可能性は低いとの申請者の説明に一定の妥当性はあると考えられること。
  • PARALLEL-HF試験の規模は有効性の検証には十分ではなかったものの、当該試験における主要評価項目、臨床的に重要な心血管系死及び全死亡のいずれについても、本薬群のエナラプリル群に対するハザード比は1付近であり、少なくとも有効性について慢性心不全に対する標準治療と比較して有効性が明らかに劣る結果ではないこと。

エンレスト錠 審査結果報告書
PARALLEL-HF試験におけるエナラプリルの投与量は国内の承認用量を超えているのでそれに匹敵する効果があったエンレストは承認してもいいだろうってことですね。
PARALLEL-HF試験は症例数が少ないから有意差がつきにくかったって話なんだろうけど、そもそもなんでPARADIGM-HF試験に日本人を参加させなかったんだろう?
戦略考えればその方がスムーズに進んだろうに・・・。
  
PARAGON-HF試験:バルサルタンに対する優越性(NYHA Ⅱ〜Ⅳ/HFpEF)
HFpEF患者に対するエンレストとバルサルタンの効果(心血管死、心不全入院)を比較した国際共同第3相臨床試験です。
PARAGON-HFの試験デザイン

  • エンドポイント(複合):心血管死、心不全による入院(初回および再入院)
  • 対象:4,822例(日本人79例)
    • 50歳以上
    • NYHA心機能分類Ⅱ〜Ⅳ度
    • 外来HFrEF患者
  • 方法:多施設共同ランダム化二重盲検並行群間実薬対照比較試験
    スクリーニング期(2週間)+単盲検実薬投与観察期(3〜8週間)+二重盲検治療期
    ARB/ACE阻害薬は中止(他の心不全治療薬は継続)
    • 単盲検実薬投与観察期:バルサルタン(40〜80mg 1日2回)1〜4週間→エンレスト(100mg 1日2回)2〜4週間
    • 二重盲検治療期:エンレスト(200mg 1日2回)とバルサルタン(160mg 1日2回)のいずれかに1:1の比でランダム化

  • エンレストは心不全による全入院および心血管死の複合エンドポイントを減少させたが統計学的に有意ではなかった
  • 症状、生活の質(QOL)、腎機能を含む様々な指標の改善等、総合的にHFpEFにおいて臨床的に重要なベネフィットが示唆された
  • エンレストの安全性および忍容性は、HFrEF患者でこれまでに得られた結果と同様であった

Solomon SD,et al.:N Engl J Med. 381(17),1609-1620,2019
有意差は出なかったけど、ベネフィットが示唆された・・・?
少なくともエナラプリルに劣ることはないのはわかりますが、結局、HFpEFに対して使用できるの?できないの?
  
HFpEFには使用できない?
HFpEFに対して使用できるのかどうか?
添付文書にははっきり記載されていませんが審査報告書には以下のように記載されています。

7.R.5 本薬の投与対象及び効能・効果について
HFpEF患者を対象としたPARAGON-HF試験に関する以下の点を踏まえると、現時点で日本人HFpEF患者に対する本薬の有効性が示されたとは判断できない

  • 検証仮説とされた主要評価項目(心血管系死又は心不全による入院(初回及び再入院))における本薬群のバルサルタン群に対する優越性は検証されていないこと
  • 上記に加え、下記の点からPARAGON-HF試験に基づき日本人HFpEF患者に対する有効性を解釈することは極めて困難であること
    1. 対照薬とされたバルサルタンは本邦において慢性心不全に対する効能・効果を有していないこと
    2. PARAGON-HF 試験に参加した日本人部分集団における主要評価項目、その構成要素及び全死亡に関する本薬群の対照群に対するハザード比の点推定値は全体集団の点推定値を大きく上回る結果であったこと

以上より、本薬は、慢性心不全の標準治療がなされ、ACE阻害薬又はARBの前治療により忍容性が確認されたHFrEF患者で、ACE阻害薬又はARBから切替えて用いることが適切であり、効能・効果及び効能・効果に関連する注意は以下のようにすることが適切と判断する。本薬の適切な投与対象、効能・ 効果及び効能・効果に関連する注意の具体的な記載内容については、専門協議の議論も踏まえて最終的に判断したい。

エンレスト錠 審査結果報告書

添付文書には直接記載されてはいないのでダメではないのでしょうが、現時点ではHFpEF患者に対してはエンレストは積極的には使用できないかなぁ。。。様子見ですね。

  

漸増での投与開始

エンレスト錠は漸増で開始する必要があります。

6. 用法及び用量
通常、成人にはサクビトリルバルサルタンとして1回50mgを開始用量として1日2回経口投与する。忍容性が認められる場合は、2〜4週間の間隔で段階的に1回200mgまで増量する。1回投与量は50mg、100mg又は200mgとし、いずれの投与量においても1日2回経口投与する。なお、忍容性に応じて適宜減量する。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

f:id:pkoudai:20200727215036p:plain
エンレスト錠 製品情報より

エンレスト錠を通常用量の「1回200mg 1日2回」まで増量するには投与開始から最低4週間はかかることになりますね。
  

増量の際の注意点

7. 用法及び用量に関連する注意

  • 7.1 次の患者では、患者の状態を注意深く観察し、増量の可否を慎重に判断すること。
    • 腎機能障害(eGFR 90mL/min/1.73㎡未満)のある患者
    • 中等度の肝機能障害(Child-Pugh分類B)のある患者
    • 血圧が低い患者
  • 7.2 本剤の増量は、臨床試験で用いられた血圧、血清カリウム値及び腎機能に関する以下の基準も目安に検討すること。
    臨床試験で用いられた増量時の基準
    血圧症候性低血圧がみられず、収縮期血圧が95mmHg以上
    血清カリウム値5.4mEq/L以下
    腎機能eGFR 30mL/min/1.73㎡以上かつeGFRの低下率が35%以下
    ※1回50mgから1回100mgへの増量時の基準であり、臨床試験ではいずれの項目も満たす患者が増量可能とされた。

    エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

エンレストの投与開始時の漸増では、腎機能障害、肝機能障害、低血圧の患者さんに対して特に注意が必要です。
国内第3相臨床試験PARALLEL-HFで用いられた増量時の基準が記載されているのでこれを目安に増量の可否(忍容性)を判断しながら増量を行う必要があります。

  • 低血圧を起こしてないか?(収縮期血圧が95mmHg以下になってないか?)
  • 高カリウム血症を起こしていないか?(血清カリウム値が5.4mEq/Lを越してないか?)
  • 腎機能が低下していないか?(eGFRが30mL/min/1.73㎡以上あるか?eGFRの低下率が35%以内に抑えられているか?)

検査値が見れないと薬局では評価が難しい部分ですが、どのような部分に注意が必要かは把握しておきましょう。
  
投与初期・増量時の症候性低血圧(二次性低血圧)に関しては重要な基本的注意にも記載されています。

8. 重要な基本的注意

  • 8.2 症候性低血圧があらわれるおそれがあるため、特に投与開始時及び増量時は患者の状態を十分に観察しながら慎重に投与すること。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

  
腎機能については「特定の背景を有する患者に関する注意」に以下のように記載されています。

9. 特定の背景を有する患者に関する注意
9.2 腎機能障害患者

  • 9.2.1 軽度又は中等度の腎機能障害(eGFR 30mL/min/1.73㎡以上90mL/min/1.73㎡未満)のある患者
    血圧、血清カリウム値及び腎機能等の患者の状態を十分に観察しながら投与すること。本剤の血中濃度が上昇するおそれがある。
  • 9.2.2 重度の腎機能障害(eGFR 30mL/min/1.73㎡未満)のある患者
    本剤投与の可否を慎重に判断し、投与する場合には血圧、血清カリウム値及び腎機能等の患者の状態を十分に観察すること。本剤の血中濃度が上昇するおそれがあり、臨床試験では除外されている。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

  

エンレストの成分含有量

エンレストの成分であるサクビトリルバルサルタンはサクビトリルとバルサルタンを1:1のmol比で含んでいる結晶複合体です。

  • サクビトリルの分子量:411.49
  • バルサルタンの分子量:435.52

ほぼ同じ分子量ですが若干バルサルタンの方が大きいですね。
ですので、エンレストに含まれるサクビトリルとバルサルタンの量は成分含有量をほぼ半分(若干バルサルタンが多い)にしたものになります。

  • エンレスト錠50mg:サクビトリル24.3mg、バルサルタン25.7mg(サクビトリルバルサルタン50mg)
  • エンレスト錠100mg:サクビトリル48.6mg、バルサルタン51.4mg(サクビトリルバルサルタン100mg)
  • エンレスト錠200mg:サクビトリル97.2mg、バルサルタン102.8mg(サクビトリルバルサルタン200mg)

  

エンレスト錠100mg 1錠≠エンレスト錠50mg 2錠
エンレスト錠は50mg、100mg、200mgの3規格が存在しますが、薬局としては可能であれば採用する規格を絞りたいところです。(使用頻度にもよりますが)
ただ、その際には以下の内容に注意して採用を決める必要があります。

7. 用法及び用量に関連する注意

  • 7.3 50mg錠と100mg錠又は200mg錠の生物学的同等性は示されていないため、100mg以上の用量を投与する際には50mg錠を使用しないこと。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

  • エンレスト錠50mg 2錠 ≠ エンレスト錠100mg 1錠
  • エンレスト錠100mg 0.5錠 = エンレスト錠50mg 1錠

ということになりますね。
割線がついているのは100mg錠だけということを踏まえると、採用は100mg(必要に応じて200mgも)かなと思います。
もちろん処方次第ではあるんですが・・・。

海外には50mg錠の規格がなく、日本用に作られたみたいだけど、その際に生物学的同等性のデータまでは準備しなかったみたいだね。50mgは初回専用の規格です。

  

そのほか重要な注意点

「重要な基本的注意」に記載されており、ここまでに触れていない内容をまとめておきます。
  

投与開始後の肝機能障害

8. 重要な基本的注意

  • 8.3 アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬投与中に肝炎等の重篤な肝障害があらわれたとの報告があるので、肝機能検査を実施するなど観察を十分に行うこと。

    エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

ARBは副作用として肝機能障害が報告されています。
禁忌の部分で解説しましたが、

  • 重度の肝機能障害(Child-Pugh分類C):禁忌
  • 中等度の肝機能障害(Child-Pugh分類B):投与の可否を慎重に判断

となっています。
投与開始時は問題ないと判断していても、エンレストを服用中にARB由来の肝機能障害を起こし、その結果、サクビトリル・バルサルタンのAUCが増加してしまう可能性があります。
血圧、血清カリウム値、腎機能とともに肝機能検査も定期的に必要になってきますね。
  

脱水に注意

8. 重要な基本的注意

  • 8.4 脱水があらわれるおそれがあるため、観察を十分に行い、異常が認められた場合には、本剤の減量、投与中止や補液等の適切な処置を行うこと。

    エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

ARB(バルサルタン)には直接的な利尿作用はありません(貯留の抑制)が、NEP阻害薬(サクビトリル)はナトリウム利尿ペプチドの働きを亢進させるため利尿作用を有しています。
直接尿細管に作用する利尿薬とは異なり、NPE阻害薬は心房負荷や循環血漿量の増加に伴い分泌されたANPを働きを亢進させた結果として生じる利尿作用なので単独で脱水を起こす可能性は低いのではないかと思いますが、慢性心不全であれば利尿薬を初めとする利尿作用を有する薬剤を併用しているケースが多かったり体液量が減少している高齢者であったりする可能性が高いのでやはり注意が必要ですね。
また、脱水時にはARBによる腎血流量の減少や糸球体ろ過圧の低下により急性腎障害(AKI*19)を引き起こす可能性もあるので、腎機能も含めての確認が重要になりますね。
  

手術・運転に関する注意

8. 重要な基本的注意

  • 8.5 手術前24時間は投与しないことが望ましい。麻酔及び手術中にレニン-アンジオテンシン系の抑制作用による低血圧を起こす可能性がある。
  • 8.6 降圧作用に基づくめまい、ふらつきがあらわれることがあるので、高所作業、自動車の運転等危険を伴う機械を操作する際には注意させること。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

手術時の血圧低下、運転や高所作業等の注意はどちらも低血圧に関連する注意事項でバルサルタン(各種ARB)と共通です。
特に手術については手術前24時間は投与しないことが望ましいとされているので注意ですね。
  

相互作用(併用禁忌以外)

併用禁忌については禁忌の部分で解説したいのでそれ以外(併用注意)に記載されているものについて見ていきたいと思います。
まず、エンレストの成分は有機アニオントランスポーター(OATP*20)により肝臓に取り込まれ、その取り込みを阻害する作用も持っています。

エンレスト錠とOATP
成分名 OATP1B1 OATP1B3
基質 阻害 基質 阻害
サクビトリル 本体 - -
活性代謝物
Sacubitrilat
-
バルサルタン - -

10. 相互作用
Sacubitrilat及びバルサルタンはOATP1B1及びOATP1B3の基質である。なお、サクビトリル及びsacubitrilatはOATP1B1及びOATP1B3を阻害する。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社

VII-8. トランスポーターに関する情報
サクビトリルは有機アニオントランスポーターポリペプチド(OATP)1B1(IC50:1.91μM)及び OATP1B3(IC50:3.8μM)を阻害した。sacubitrilatは OATP1B1 阻害作用(IC50:126μM)を示したが、OATP1B3阻害作用は示さなかった(in vitro)。また、サクビトリル、sacubitrilat及びバルサルタンは、ヒトの有機カチオントランスポーター(OCT)1及びOCT2を阻害しないと考えられた(in vitro)。

エンレスト錠 インタビューフォーム ノバルティスファーマ株式会社
エンレスト錠の相互作用は作用機序によるものに加えてOATPに関連するものがあります。
  

OATPに由来する相互作用

まずはOATPに関連する相互作用についてです。

10. 相互作用
10.2 併用注意(併用に注意すること)

  • アトルバスタチン
    • 併用によりアトルバスタチンの血中濃度が上昇するおそれがある。
    • 本剤は、OATP1B1及びOATP1B3を介する薬剤の肝臓への取り込みを阻害する可能性がある。
  • シクロスポリン・クラリスロマイシン・エリスロマイシン
    • Sacubitrilat又はバルサルタンの曝露量が増加し、副作用が増強されるおそれがある。
    • OATP1B1又はOATP1B3を阻害することにより、sacubitrilat及びバルサルタンの血中濃度を上昇させる可能性がある。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
アトルバスタチンはOATP1B1の基質です。
ちなみに、アトルバスタチンだけでなく、プラバスタチン、ロスバスタチン、シンバスタチン、ピタバスタチン、フルバスタチンといった他のスタチン系薬も同じくOATP1B1の基質とされています。(エゼチミブとペマフィブラートも)
アトルバスタチン、プラバスタチン、ロスバスタチンは特に影響を受けやすいと言われています。
アトルバスタチンのみが併用注意に記載されていますが、プラバスタチン、ロスバスタチンにも注意が必要なのかもしれません。
  
また、シクロスポリン・クラリスロマイシン・エリスロマイシンはOATP1B1・OATP1B3阻害薬です。(エリスロマイシンは知りませんでしたが)
これらの薬剤はサクビトリルの活性代謝物であるSacubitrilatとバルサルタンの肝への取り込みを阻害し、血中濃度を上昇させる可能性があります。
OATP1B1・OATP1B3阻害薬としては他にもリファンピシン(反復投与では逆にOATP1B1・OATP1B3誘導薬となる)や抗HIV薬アタザナビル(レイアタッツ)やロピナビル(カレトラ)、抗HCV薬グレカプレビル(マヴィレット)やグラゾプレビル(グラジナ)などがあげられるのでそちらにも注意が必要なのかもしれません。

アトルバスタチン、シクロスポリン、クラリスロマイシン、エリスロマイシンのみの記載で他の代表的なOATP阻害薬や基質が記載されていないのは検討したけど問題なかったってことなのかもしれないね。

  

作用機序に由来する相互作用

次に作用機序に関連する相互作用ですが、いくつかに分けて整理します。
  
カリウム上昇・低血圧を起こす可能性のある併用薬
併用によりエンレストのカリウム上昇作用を強めてしまい高カリウム血症を起こす可能性のあるものです。
機序が類似した有害事象として低血圧を起こす可能性のあるものも一緒にまとめます。

10. 相互作用
10.2 併用注意(併用に注意すること)

  • ARB
    • 腎機能障害、高カリウム血症及び低血圧を起こすおそれがあるため、これらの薬剤と併用すべきでない。
    • 併用によりレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系阻害作用が増強される可能性がある。
  • アリスキレンフマル酸塩(糖尿病患者以外)
    • 腎機能障害、高カリウム血症及び低血圧を起こすおそれがある。
      なお、eGFRが60mL/min/1.73㎡未満の腎機能障害のある患者へのアリスキレンフマル酸塩との併用については、治療上やむを得ないと判断される場合を除き避けること。
    • 併用によりレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系阻害作用が増強される可能性がある。
  • カリウム保持性利尿薬・カリウム補給製剤
    • 血清カリウム値及び血清クレアチニン値が上昇するおそれがある。
    • 本剤のアルドステロン分泌抑制によりカリウム貯留作用が増強する可能性がある。
      危険因子:腎機能障害
  • ドロスピレノン・エチニルエストラジオール
    • 血清カリウム値が上昇することがある。
    • バルサルタンによる血清カリウム値の上昇とドロスピレノンの抗ミネラルコルチコイド作用によると考えられる。
      危険因子:腎障害患者、血清カリウム値の高い患者
  • トリメトプリム含有製剤
    • 血清カリウム値が上昇することがある。
    • 血清カリウム値の上昇が増強されるおそれがある。
  • シクロスポリン
    • 血清カリウム値が上昇することがある。
    • 高カリウム血症の副作用が相互に増強されると考えられる。
  • 利尿降圧剤
    • 急激な血圧低下(失神及び意識消失等を伴う)を起こすおそれがある。また、利尿作用が増強されるおそれがある。
    • 利尿降圧剤投与中は血漿レニン活性が上昇しており、これらの薬剤との併用によりレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系阻害作用が増強される可能性がある。
      重度のナトリウムないし体液量の減少した患者では、まれに症候性の低血圧が生じることがある。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
  
cGMP増加による血圧低下
エンレストは作用(ネプリライシン阻害作用)の過程でcGMPを増加させます。
そのため、cGMPの分解を抑制するホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE5*21阻害剤)と併用することでcGMPによる血管拡張作用が強まり、血圧低下を引き起こしてしまう可能性があります。

10. 相互作用
10.2 併用注意(併用に注意すること)

  • PDE5阻害剤
    • 高血圧患者において、本剤とシルデナフィルとの併用により、本剤単独投与よりも血圧低下が認められたとの報告がある。本剤の投与を受けている患者においてシルデナフィル又は他のPDE5阻害剤の投与を開始する際には注意すること。
    • PDE5阻害剤は本剤の投与により増加するcGMPの分解を阻害する。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
  
その他
どちらもバルサルタン由来の相互作用になります。
  
まずはNSAIDsとの相互作用について。
ARBは輸出細動脈を拡張させて糸球体からの血液濾過量を増加させます。
これに対してNSAIDsは輸入細動脈を収縮させて糸球体への血液流入量を低下させます。
これら2つを併用することで糸球体の虚血を惹起し、AKIの発症リスクが高まります。
脱水の項で解説したとおり、利尿薬の服用や脱水、高齢者、元から腎機能が低下している場合はさらにリスクを高めるので注意が必要です。

10. 相互作用
10.2 併用注意(併用に注意すること)

  • 非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)
    • 腎機能を悪化させるおそれがある。
    • NSAIDsの腎プロスタグランジン合成阻害作用により、腎血流量が低下するためと考えられる。
      危険因子:高齢者、体液量が減少している患者(利尿薬使用患者を含む)、腎機能障害患者

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
  
最後にリチウム製剤との相互作用です。
ARBがアルドステロン分泌を抑制してナトリウム排泄を促進した結果、腎尿細管でのリチウム再吸収が促進されてしまい血清リチウム濃度が上昇するのではないかと考えられています。
リチウム製剤は医療域が狭い薬剤なので血中濃度の上昇によりリチウム中毒が引き起こされないように充分な注意が必要です。

10. 相互作用
10.2 併用注意(併用に注意すること)

  • リチウム
    • リチウム中毒を起こすことがレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系阻害剤で報告されている。
      利尿薬を使用する場合には、リチウム毒性のリスクがさらに増加するおそれがある。
    • 本剤のナトリウム排泄作用により、リチウムの蓄積が起こると考えられている。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
  

BNP測定値に注意が必要

サクビトリルはBNPの分解を阻害する作用を有しているため、エンレストを服用中はBNP測定の数値が上昇してしまいます。

12. 臨床検査結果に及ぼす影響
本剤の薬力学的作用により本剤投与後にネプリライシンの基質であるBNPの上昇がみられることから、本剤投与後にBNPを測定する際は値の解釈に注意すること。

エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
これに関してはANPも同じだと思います。
ただ、臨床的に測定される機会が多いのではないかと思われるNT-proBNPに関してはエンレスト服用による影響を受けないとされています。
審査結果報告書には以下のように記載されています。

7.R.3 本薬投与時におけるNT-proBNPとBNPの変動について
本薬の薬理作用により投与開始初期にBNPが増加すること、当該増加が定常状態に到達する具体的な時期が提示されていないことから、本薬投与開始後の心不全の状態の観察に際しては基本的にBNP よりもNT-proBNPを用いることが望ましい。一方で、医療機関によってはNT-proBNPの測定が困難となる状況も想定されること、本薬の臨床試験の結果は、長期的な心不全の状態観察におけるBNPの利用可能性を損なうものではないことから、本薬投与により一時的にBNPが増加することを理解した上で当該バイオマーカーを利用できるよう、本薬の薬理作用によりBNPが増加すること及びその経時推移について適切に情報提供する必要がある。

エンレスト錠 審査結果報告書
BNPに関してはエンレストの効果が定常状態に入ることで数値も上昇した部分で安定した後であれば変動を見ることで指標とすることは可能になると思います。
  
  

まとめ

まずはエンレスト錠の特徴についてまとめます。
  
エンレストの特徴

  • 慢性心不全に対する治療薬
  • ネプリライシン阻害作用(サクビトリル)を有する初の薬剤
  • 有効成分サクビトリルバルサルタンはサクビトリルとバルサルタンを約1:1:の割合で含有
  • エナラプリルを上回る統計学的な差を持ってHFrEF患者の生命予後を改善
  • 海外ガイドラインでは標準治療に位置付けられている
  • サクビトリルはANP・BNPの分解を抑制、バルサルタンはサクビトリルにより分解が抑制されるアンジオテンシンⅡのAT1受容体への結合を阻害
  • 全身血管抵抗の低下、心筋線維化・心室肥大の抑制、ナトリウム排泄・利尿の促進→心不全の進行を抑制
  • ACE-I(ARB)からの切り替えで投与開始
  • 投与初期は50mg 1日2回から開始し段階的に200mg 1日2回まで増量

  
ただし、注意すべき点が非常に多い薬剤でもあります。
エンレストの注意点

  • 血管浮腫に注意が必要なためACE-Iは併用禁忌、ACE-Iからの切り替え時は36時間以上間隔を開ける
  • 重度の肝機能障害は禁忌、中等度の場合は成分のAUCが2〜3倍になるため慎重投与
  • 血圧低下、血清カリウム値上昇、腎機能悪化(脱水)に対する忍容性を判断して使用
  • HFpEF患者に対する有効性は示されていない(エナラプリルに劣ることはない)
  • OATPの基質であり阻害薬でもある
  • 50mg 2錠と100mg 1錠の生物学的同等性は証明されていない
  • BNP分解抑制作用によりBNP測定値を上昇させる

  

海外ガイドラインでの位置付け

ESCガイドライン2016では症候性のHFrEFに対する治療の中でARNIの使用が推奨(Class Ⅰ)されています。

f:id:pkoudai:20200731145838p:plain
Ponikowski P,et al.Eur J Heart Fail;18:891-975,2016
  1. 症候性のHFrEFに対してはACE阻害薬(使用できない場合はARB)とβブロッカーを投与(最大忍容用量まで増量)
  2. 1でもLVEFが35%以下の場合:ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA*22)を追加(最大忍容用量まで増量)
  3. 2でも効果不十分な場合:ACE-I(ARB)に変えてARNIを投与

ARNIの登場により、将来的には国内のガイドラインも変更されると思います。
おそらく、ESCガイドラインと同じようなポジションに位置づけられるのではないでしょうか?
  

ARNI(NEPI)に関する期待と懸念

新規作用機序の薬剤ということで様々な期待や懸念もあります。
ただし、現時点では慢性心不全のみの適応しか取得していませんし、そういったデータもありません。
  

腎保護作用が期待できる?

NEP阻害薬は腎保護作用とNa利尿促進作用を有しており、ARBは蛋白尿を伴う慢性腎臓病(CKD*23)患者に対して腎保護作用を発揮します。
この2つの作用を併せ持つARNIについては今後、腎保護作用を検討するような試験が行われるのではないかと期待されています。
  

アルツハイマー型認知症の発症リスクを高める?

ARNIがアルツハイマー型認知症の発症リスクを高めてしまうのではないか?という指摘があるようです。
これはネプリライシンがアミロイドβの分解作用を有しているためで、ネプリライシンが阻害されることでアミロイドβが脳内に蓄積、沈着してしまうのではないかと懸念されています。
ですが、現時点ではARNIがアルツハイマー型認知症の発症リスクを高めたというデータは存在していないので注意は必要ですが、心不全に対する予後改善によるベネフィットの方が大きいのではないかと考えられます。
  

参考資料

  • 日本循環器学会:急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版).
  • Yancy CW,et al.Circulation 128,e240-e327,2013(2013 ACCF/AHA guideline for the management of heart failure:a report of the American College of Cardiology Foundation/American Heart Association Task Force on practice guidelines.)
  • Ponikowski P,et al.Eur J Heart Fail;18:891-975,2016(2016 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure:The Task Force for the diagnosis and treat-ment of acute and chronic heart failure of the European Society of Cardiology(ESC).Developed with the special contribution of the Heart Failure Association(HFA)of the ESC.)
  • Muntwyler J,et al.:Eu Heart J.23(23),1861-1866,2002(One-year mortality among unselected outpatients with heart failure)
  • 次世代の降圧薬①ARNi 心不全治療薬として開発進む新規クラスの降圧薬(Medical Tribune)
  • エンレスト錠 添付文書 ノバルティスファーマ株式会社
  • エンレスト錠 インタビューフォーム ノバルティスファーマ株式会社
  • エンレスト錠 審査結果報告書
  • Parving, H. et al,.:N Engl J Med.; 367: 2204-2213,2012(Cardiorenal End Points in a Trial of Aliskiren for Type 2 Diabetes)
  • McMurray JJ,et al.:N Engl J Med.371(11),993-1004,2014(Angiotensin–Neprilysin Inhibition versus Enalapril in Heart Failure)
  • Solomon SD,et al.:N Engl J Med. 381(17),1609-1620,2019(Angiotensin–Neprilysin Inhibition in Heart Failure with Preserved Ejection Fraction)
  • 薬物動態の変化を伴う薬物相互作用2019(Pharma Tribune 薬剤師のための薬物相互作用)

*1:Left Ventricular Ejection Fraction

*2:Heart Failure with reduced Ejection Fraction

*3:heart failure with preserved ejection fraction

*4:Heart Failure with mid-range Ejection Fraction

*5:Heart Failure with preserved Ejection Fraction, improved

*6:American College of Cadiology Forundation

*7:American Heart Association

*8:New York Heart Association

*9:Angiotensin II Receptor Blocker

*10:NEPrilysin Inhibitor

*11:Angiotensin Receptor-Neprilysin Inhibitor

*12:Atrial Natriuretic Peptide

*13:Brain Natriuretic Peptide

*14:Renin-Angiotensin System

*15:Natriuretic Peptide Receptor A

*16:Angiotensin Converting Enzyme Inhibitor

*17:Hereditary AngioEdema

*18:Aquired AngioEdema

*19:Acute Kidney Injury

*20:Organic Anion Transporting polypeptide

*21:PhosphoDiEsterase type 5

*22:Mineralocorticoid Receptor Antagonist

*23:Chronic Kidney Disease

© 2014- ぴーらぼ inc. プライバシーポリシー