トラマドール(トラマール・トラムセット)~古くて新しい鎮痛薬
平成26年8月18日にタペンタ錠(一般名:タペンタドール)が販売開始となりました。
このタペンタドールはトラマドール(トラマール、トラムセット)を改良して作られた薬です。
そこで、タペンタドールについてまとめる前に、今回はトラマドールの復習をしておきたいと思います。
トラマドールは以前から注射剤として使用されていましたが、経口の製剤が発売されたのはつい最近のことになります。
オピオイド系鎮痛薬として優れた効果を持っているにも関わらず、麻薬および向精神薬に指定されていないため、広く使用されています。
トラマドールの歴史
日本ではトラマドールと言えば、2010年に発売されたトラマールカプセル、2011年に発売されたアセトアミノフェンとの合剤であるトラムセット配合錠のイメージが強いと思います。
ですが、筋注剤は1978年には販売開始されていますし、海外では以前から経口剤も使用されています。
トラマドールの歴史を簡単にまとめてみると・・・。
1962年 ドイツGrünenthal社が合成に成功
1977年 ドイツで販売開始
1978年 興和がクリスピンコーワ注1号(筋注剤)を販売開始
1994年 イギリスで経口剤販売開始
1995年 アメリカで経口剤販売開始
1999年 日本新薬が興和より承継
2003年 トラマール注100に名称変更(適応:各種癌、術後)
2010年 国内初の経口剤トラマールカプセル販売開始(適応:疼痛を伴う各種癌)
2011年 アセトアミノフェンとの合剤トラムセット配合錠販売開始(適応:非がん性慢性疼痛、抜歯後の疼痛)
2013年 トラマールに非がん性慢性疼痛の適応追加、天然(植物の根)からトラマドールが発見される
トラマドール自体は、古くから使われていた薬でしたが、筋注剤は患者の負担が大きく、そこまで使用されていませんでした。
ですが、経口製剤の追加され、そらには適応が拡大されたことにより、国内での使用量は急激に拡大しました。
日本ではようやくトラマドールが日の目を見たことになるのですが、実は古くから存在する薬ということです。
トラマドールは言ってみれば、古くて新しい薬となりますね。
トラマドールの構造と代謝物
トラマドールはコデインの類似体です。
ラセミ体混合物で(+)トラマドールと(-)トラマドールの鏡像異性体が等量存在しています。
体内に吸収されたトラマドールは代謝され、複数の代謝物に変化します。
第一相反応はシトクロムP450(CYP)による脱メチル化、第二相反応がグルクロン酸抱合、硫酸抱合です。
第一相反応はCYP2D6によるO-脱メチル化とCYP3A4によるN-脱メチル化です。
片方、もしくは両方の脱メチル化を受けることで、複数の代謝物が作られます。
CYP2D6によるO-脱メチル化:O-デスメチルトラマドール(M1)
CYP3A4によるN-脱メチル化:N-デスメチルトラマドール(M2)、N,N-ジデスメチルトラマドール(M3)
両方によるO,N-脱メチル化:O,N-ジデスメチルトラマドール(M5)、O,N,Nトリデスメチルトラマドール(M4)
これらがさらに第二相反応を受け、最終的にはM1~M31まで、様々な代謝物が存在します。
これらの代謝物の中でもM1は活性代謝物として、トラマドールの効果に大きく寄与しています。
トラマドールの鎮痛効果は未変化体とM1による作用と言えます。
トラマドールの作用機序
トラマドールによる鎮痛作用はμ-オピオイド受容体に対する作用とモノアミン取り込み阻害作用によるものです。
トラマドールのオピオイド受容体に対する作用
トラマドール自体のμ-オピオイド受容体に対する親和性はモルヒネの800分の1程度です。
また、δ-オピオイド受容体、κ-オピオイド受容体に対する親和性はそれ以上に弱くなっています。
このことから、トラマドール自体ははオピオイド受容体を介する効果をほとんど持たないことがわかります。
一方、活性代謝物のM1はオピオイド受容体に対する親和性が強くなり、部分アゴニストとしての作用を持ちます。
その作用の中心は(+)-M1で、μ-オピオイド受容体に対する親和性はモルヒネには及びませんが、コデインよりも強くなっています。
M1全体で見た場合、コデインの半分、モルヒネの150分の1程度の親和性となっています。
μ-オピオイド受容体が刺激されると、サブスタンスPやグルタミン酸など、痛みに関する伝達物質の放出が抑制され、その結果、鎮痛効果が発揮されます。
トラマドール自身ではなく、活性代謝物M1の働きにより、トラマドールは弱オピオイドとしての効果を発揮できるということです。
トラマドールのモノアミン再取り込み阻害作用
トラマドールはモノアミンの取り込み阻害作用も有しています。
この作用はM1よりも未変化体の方が強いです。
特に、ノルアドレナリン(NA)とセロトニン(5-HT)の再取り込み阻害作用が強く、ドパミンの取り込み阻害作用は弱いです。
鏡像異性体のうち、(+)-トラマドールはセロトニンの再取り込み阻害作用が強く、(-)-トラマドールはノルアドレナリンの再取り込み阻害作用が強くなっています。
ですが、これらの作用も、SSRI・SNRI・三環系抗欝薬と比べれば、数百~数千分の一と非常に弱い作用になっています。
モノアミン取り込み阻害による鎮痛作用
5-HTとNAではNAの方が鎮痛効果に寄与する部分が大きいことがわかっています。
NAの取り込みが阻害され、NAの量が増えた結果、感覚神経や脊髄後角神経に存在するα2受容体が刺激され、神経伝達が抑制を受け、鎮痛効果が発揮されることがわかっています。
神経障害性疼痛時はグリア細胞であるアストロサイトが活性化されることで、疼痛が維持されることがわかっているが、NAがアストロサイト上のα2受容体を刺激することでその活性化を抑制することも可能です。
トラマドールの鎮痛作用
トラマドールは、セロトニン・ノルアドレナリンの再取り込みを阻害する(SNRI作用)ことによる下行性疼痛抑制系の賦活効果と、その活性代謝物のオピオイド受容体刺激作用の組み合わせにより鎮痛効果を発揮します。
それぞれの効果は、他の薬剤に比べると強くはありませんが、弱い効果同士が組み合わさることで相乗的に作用し、比較的強い効果を発揮しています。
モノアミン取り込み阻害による下行性疼痛抑制を持つため、神経障害性疼痛に対し、特に有効と言えます。
非麻薬性オピオイド受容体刺激薬
トラマドールのμ-オピオイド受容体への親和性はモルヒネやコデイン等に比べて弱く、他のオピオイド受容体刺激薬に比べて依存性や副作用が少なくなっています。
そのため、トラマドールは、オピオイド受容体を介して作用する薬剤であるにも関わらず麻薬には指定されていない、非麻薬性オピオイド受容体刺激薬ということになります。
麻薬で問題となる副作用としては、便秘・吐き気・眠気・呼吸抑制などがありますが、トラマドールは麻薬に比べるとその頻度が少なくなっています。
また、麻薬を在庫・調剤・廃棄する場合には様々な制限が定められていますが、トラマドールはその必要がありません。
ですので、トラマドール製剤は、安全面・管理上の双方から使用しやすい薬剤となっています。
ちなみに、WHO方式がん疼痛治療法における、3段階除痛ラダーでは第2段階である「軽度から中等度の痛み」に対して使用される弱オピオイドに位置づけられています。
適応上の注意点
トラマドール製剤は、単剤による製剤であるトラマールカプセルと、アセトアミノフェンとの合剤であるトラムセット配合錠が販売されています。
初めての経口製剤であるトラマールcapが販売された時は、がん性疼痛に対する適応しかありませんでしたが、非がん性慢性疼痛への適応をもつトラムセットが販売され、その後適応の拡大が行われた結果、トラマドールは様々な疼痛に対しても使用可能となっています。
ですが、二つの製剤、それぞれの適応が異なるため、使用に際しては注意が必要です。
トラマール | トラムセット | |
がん性疼痛 | ○ | × |
非がん性慢性疼痛 | ○ | ○ |
抜歯後の疼痛 | × | ○ |
他のオピオイドからの切り替え
トラマールカプセルの添付文書によると、「定時投与量の1/5の用量の経口モルヒネを初回投与量の目安とすることが望ましい。」となっています。
これを元に他のオピオイドも含めた換算表をまとめてみます。
オピオイド製剤 | 1日量 | ||||
経口モルヒネ | 30 | 60 | 120 | 240 | 360 |
オキシコドン徐放錠(オキシコンチン) | 20 | 40 | 80 | 160 | 240 |
フェンタニル3日貼付型製剤(デュロテップパッチ) | 2.1 | 4.2 | 8.4 | 16.8 | - |
フェンタニル1日貼付型製剤(フェントステープ) | 1 | 2 | 4 | 8 | 12 |
フェンタニル1日貼付型製剤(ワンデュロパッチ) | 0.84 | 1.7 | 3.4 | 5 | - |
コデイン | 180 | - | |||
トラマドール | 300 | - | |||
モルヒネ坐剤 | 20 | 40 | 80 | 160 | 240 |
レペタン坐剤 | 0.6 | 1.2 | - |
トラマドールと薬物代謝酵素
トラマドールはCYP2D6による代謝経路を経てM1となり、μ-オピオイド受容体刺激作用を発揮します。
つまり、CYP2D6がなければトラマドールのオピオイド鎮痛薬としての効果は発揮されません。
いわゆる、CYP2D6のpoor metabolizerでは十分な効果を得ることができないことが予想されます。
CYP2D6の酵素活性と日本人
遺伝的にCYP2D6が多い人、少ない人がいますが、日本人におけるその内訳は以下のようになっています。
EM(Extensive Metabolizer):通常の代謝活性
日本人の約1%…UM(Ultrarapid Metabolizer):酵素活性↑
日本人の40%…IM(Inter mediate Metabolizer):酵素活性↓(EMの約50%活性)
日本人の1~2%…PM(Poor Metabolizer):酵素活性↓↓(代謝活性ほとんどなし)
トラマドールが効きやすい人と効きにくい人
つまり、M1がたくさん作られるEMではトラマドールが効きやすく、M1が作られにくい、IMやPMではトラマドールが効きにくくなります。
CYP2D6の酵素活性に関しては遺伝子検査を受けることで判定可能ですが、他の薬剤の効果・副作用からも判断できます。
例えば、リン酸コデイン。
コデインはCYP2D6による代謝を受けてモルヒネとなることで効果を発揮します。
つまり、リン酸コデインによる鎮痛・鎮咳・便秘効果がすくない人はIMやPMの可能性があります。
また、PL配合散に含まれるプロメタジンやゼスラン・ニポラジン(メキタジン)はCYP2D6により代謝を受けて失活するので、これらの薬剤で眠気が出やすい人はCYP2D6のIMやPMの可能性があります。
過去に服用した薬の効果・副作用で、トラマドールの効果をある程度予想することができるかもしれませんね。